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原色のジャマイカ。
2009 年 8 月 26 日

鮮やかなフルーツを絞るジューススタンド。
アクセサリーや民芸品を売るクラフトマーケット。
ボブ・マーレーが描かれた、首都キングストンの建物の壁。
黄色いアキーの実と塩漬けタラを炒めたアキーアンドソルトフィッシュ。
空を飛ぶエア・ジャマイカ。

ジャマイカを思い出すとき、そのイメージは常に原色だ。
真っ青な空の下に生きるラスタファリズムは、今でも鮮明に思い出すことができて、ときには気分が落ち込んだときも、私を励ましてくれる。



ほろ酔いのプエルトリコ
2009 年 8 月 17 日

ピニャコラーダ、モヒート、ダイキリ。
プエルトリコには、ラム酒をベースにしたカクテルが豊富にある。
滞在中、一番多く口にしたのが、ピニャコラーダ。
コロニアルカラーの家壁のように見た目は華やかで、オールドシティのまったりとした空気のように、甘い口当たり。
飲みやすく、つい、グラスをおかわりしていると、あっという間に酔っ払ってしまう。
アルコールの強さは、カリブの太陽にも負けない。

ピニャコラーダ漬けとなった翌日、ほろ酔いで首都サンファンの街へ。
スペイン統治時代の面影を濃厚に残す旧市街と、ラスベガスさながらの新市街を往来すると、いとも簡単に時代を超えて旅をしている気分になる。
ラム酒が残ったぼーっとした頭で、文化が混沌とするこの都市の境目に立つと、昔も今も変わらない美しいカリブ海が見えた。



イスラムヘーレス、カリブのけだるく暑い昼。
2009 年 7 月 31 日

イスラムヘーレスという島が、メキシコ・カンクン沖にある。
私がイスラムヘーレスを歩いたずっと後に、写真家の赤沼博志さんと旅談義をしていて、偶然、この島の名前が出た。

「イスラムヘーレスの、安宿のパティオには食堂にジュークボックスがあってさ、いつもボブマーレーがかかってたんだ。
ゲストルームの天井には、今にも飛び出しそうなファンがグヴォングヴォンと低くうなりながら回転してて。
初めて旅行して感じたアメリカへの憧れには存在しない、人間臭いそのファンの存在に、旅を強く実感したんだ」。

赤沼さんが、そんな話をしてくれた。
ホテルが並ぶ一大リゾート、カンクンのその先にある、けだるく暑いカリブの昼。
私もどういうわけか、イスラムヘーレスと聞いて思い出すのは、けだるい暑さと、頭上のグヴォングヴォンという音で、
それはビーチや海よりも、強烈に脳に刻まれている。



バレンシアの青い空。
2009 年 7 月 21 日

“ラ・クラーラ”。
ローカルの間では、「光輝く」という意味の愛称で呼ばれている、スペイン地中海沿岸の街・バレンシア。
美しい古都、温暖な気候に恵まれた地中海リゾート、壮大な近代建築群、春の火祭り、バレンシアオレンジとパエリア……。
この街を有名にしているものはたくさんあるけれど、一番輝かしいと感じたのは、青空だったかもしれない。

19世紀半ばまで城壁に囲まれていた旧市街を歩き、小さなカフェやバールが並ぶ裏路地に迷い込むと、石造りの建物の上には真っ青な空。
そのどこまでも続くような青さは、中世の面影を色濃く残す街並みと美しいコントラストを描いていた。



走れ!マニラのジプニー。
2009 年 7 月 14 日

7月のマニラは、雨期真っ只中。
街中を縦横無尽に走るジプニーを、スコールが濡らす。

ジプニーは、フィリピン名物の乗り合いバスだ。
米軍払い下げジープを改造して客を乗せたのが始まりで、「ジプニー」という呼び名は乗合タクシーを意味するjitneyの合成語と言われているけれど、「膝(knee)と膝をくっつけて座るJeepだから、ジプニー」だとも。

カラフルに彩られたジプニーは、大雨の中でも、決してひるまない。
洪水のような道路の上を、まるで水陸両用バスのように、ジャブジャブと進んでゆく。
それはまるで、ジプニーに乗る人々のしたたかさやたくましさを主張するかのように、街の中で圧倒的な存在感を放っている。



ボルネオ、熱帯が香る朝のマーケット。
2009 年 7 月 7 日

海外出張に出たら、なんとか時間をつくってでも絶対に立ち寄りたいのが食材マーケット。
魚の頭だとか、皮をむしった鶏だとかがごろっと店頭に並んでいて、野良ネコが我が物顔で昼寝していて、ちょっとむわっとした空気が流れていて、活気があるようでボーっとしてる店主も多くて、、そんな雰囲気がとても好きなのだ。

ボルネオのバトゥプティ村にあるジャングルにロケ入りする日の朝。
私たちが立ち寄ったのは、サンダカンという街にある市場だ。
格別に変わった生鮮食品はないけれど、どういうわけか鮮魚の並べ方がオブジェのようだったり、野菜の並べ方が妙にアートだったり、日本の市場とはずいぶん雰囲気も違う。

おしゃべりに興じる野菜売り場のお嬢さんたちの頭上では、熱帯の朝の空気が、ゆっくりゆっくりと旋回していた。



雨の日の旅
2009 年 6 月 28 日

雨の日に旅すること、雨の街を歩くことは、決して嫌いではない。
むしろ、好きと言ってもいい。

梅雨の真っ盛り、新幹線で京都から帰る途中、雨がふってきて、車窓から見える
茶畑が一瞬のうちに白く煙ってしまった。
水滴が静かに動く向こうに景色が流れていく光景は、何かを見たり、外国の料理を食べたりする
のとは違って、移動することそのものにに旅を感じて、なんだかワクワクする。

雨は木々や花を艶っぽくみせるだけではなく、旅の移動中も、決して退屈させない。



人のエネルギーが混ざり合う、デリーの駅舎
2009 年 6 月 17 日

人々のエネルギーが混ざり合い、熱気を発生させるインド。
デリー駅で切符を買い、アグラ、ヴァラナシへと旅をした。
アグラからヴァラナシへ向かう列車で指定席につくと、インド人親子がすまして座っている。
「ここ、私の席なんだけど」。
そういう私に母親が言った。
「次の駅で降りるから、それまで座っててもいい?」。

次の駅に到着するのは、8時間後だ。
冗談のようなことを、真剣に言う。
そんなところも、この国の人たちのエネルギーなんだと感じながら旅をするのが、楽しい。
建物や食べ物や景色だけでなくて、「人々のエネルギー」を感じるのも、旅の醍醐味なのだ。



メレンゲが聞こえる美しい街、サントドミンゴ
2009 年 6 月 12 日

カリブ海に浮かぶドミニカ共和国は、そこかしこでメレンゲが聞こえる国。
首都サントドミンゴの洞窟を利用したサルサクラブでは、お洒落をしたドミニカーナが楽しそうに踊り、街中で写真を撮っていると、小さな子供が「私を撮って!」といわんばかりにレンズの前で踊りだす。

初めて訪れたとき、どういうわけか(ほんとうにどういうわけか)、この国の観光大臣を訪れることになった。
夕方5時前、ドアを開けっ放しにしたまま大音量でメレンゲのCDがかかる大臣室を訪れた。
テーブルに出されたのはコーヒーではなくラム酒。
よく覚えてないのだけれど、「コーヒーより、こっちのほうがいいだろう?」というようなことを笑顔の大臣に言われた記憶がある。
そして30分ほど話した後、帰り際にメレンゲのCDをプレゼントしてくれた。
観光大臣サイン入りのCDは、この国の陽気で温かな空気をぎゅっと詰めた宝物のような気がして、とても大事にしている。

大臣室を後にして外に出ても、まだまだ太陽は高くにあって、通りを走る車の中からは、メレンゲのリズムが聞こえていた。



現在進行形のマカオ。
2009 年 6 月 7 日

マカオの埋立地、コタイ地区に新しく巨大エンターテイメント施設が誕生した。
数年前まで、このあたりは本当に何もなくて、ムツゴロウをとってるおじさんがいたほど。
タイパ島からコロアン島に向かう途中、そののどかな光景を眺めるたびに、満たされた気持ちになったものだった。

タイパ島のハウスミュージアムの庭の前には、蓮の葉が水面を満たす沼があって、対岸で始まっている急ピッチな工事を「遠い将来のこと」のような思いでみていたけれど、それが今、だんだんと現実のものになっている。
古い建物を街灯が暖かく照らす路地裏もあれば、多くの観光客を飲みこむ巨大施設もあり。
どちらも、現在進行形のマカオだ。



緑の中のスモール・プライベート・ホテル
2009 年 5 月 22 日

スリランカ南西部、木々の香りと鮮やかな熱帯の花に包まれたAPA VILLA Illuketia。
椰子の木が両側に生い茂る道を「まだかまだか・・」と不安になりながら進むと、ヴィラにたどり着く。
建物の中央はにはパティオがあっって、それを囲むようにして、リビングや4部屋のゲストルームやテラスがある。

ずいぶんと街から離れたところにあるが、オーガニック食材をふんだんにとりいれた食事は、取材中、どこのホテルよりも楽しみだった。
庭で育てたハーブを使った伝統的なスリランカ料理やハウスメイドのパンは、スリランカ人シェフによるもの。
夕方、騒がしかった猿の鳴き声も寝静まった頃に、夜風の中で夕飯をとる。
暗くなりかけた庭には近くの村で唱えるコーランが響き、それはとても不思議で、心地のよい時間だった。



旅館オリエンタル
2009 年 5 月 20 日

日本の中も、異国を見つけたような、そんな気持ちになる場所がたくさんある。
横浜中華街の、旅館オリエンタル。
ネオンが煌く賑やかな中華街の中で、そこだけ時間が止まったような、不思議な空間。



-30度の湖上でオーロラを待つ。
2009 年 5 月 14 日

北極圏から400kmに位置するイエローナイフでは、高い確率でオーロラが見られるのだという。オーロラを鑑賞するのは、ダウンタウンから車で30分ほどの凍った湖上。
-30度の中で、ベースとなるのが、ティピーとよばれるテントだ。
先住民の住居として使われていたティピーの中で、ストーブにあたりながら、オーロラが出るのを待つ。
うっすらと見え始めたら、湖上に出て、椅子に座り、またひたすら待つ。

このときに着ていたのが、-100度にも耐えられるという防寒服。ちっとも寒さを感じさせない。
寒くない、オーロラは出ない、旅の疲れもある・・・ついウトウトしてしまった30分間にオーロラは一瞬あらわれ、漆黒の闇に消えていったらしい。
私は、カナダ北限の街にまで来て、オーロラを見ることはできなかった。
でも、心に強く残っているのは、オーロラを見られなかった悔しさではなく、冬の間だけあらわれるアイスロードと、そこにまつわるドラマなのだ。



イエローナイフ、アイスロードが生まれる冬。
2009 年 5 月 10 日

12月中旬、オーロラ取材で訪れたカナダのイエローナイフ。
カナダ北限の街と聞いて淋しい場所を想像していたが、そのイメージはあっけなく覆されてしまった。
ここは、ノースウエスト準州の州都として賑わう街。
そして、先住民やアジアからの移民など多民族が暮らす、多彩な魅力に溢れるコスモポリタンである。
街中には、最北端のマクドナルド、最北端のケンタッキーフライドチキン、、、など、何かと「最北端の」という枕詞
がつくものがある。

イエローナイフは日本人にはオーロラの街として知られているが、街の代名詞はダイアモンド鉱山である。
この街に、冬期だけ現れるのが、凍った湖の上にできる約600kmのアイスロード。
雪の中を、ダイアモンド鉱山で働く従業員のための生活物資を運ぶ大型トラックが行き交う。
春になり湖の氷が溶ければ、当然ながらこの道は断たれる。
アイスロードのできる冬に、1年分の必要物資を運ぶのだという(空輸での物資輸送はコストが高い)。
北限のダイアモンド鉱山では、厳しい冬にこそ、生命を維持するための様々なモノがもたらさる。



ニュージーランドと屋久島。森を見守る神の木
2009 年 4 月 23 日

初めて訪れる国や街に足を踏み入れて思うのは、私がその土地に対して、いかに型にはまったイメージしか持っていなかったかということだ。
異国には、外国人がその国に抱くイージーな印象を遥かに上回る、素晴らしい光景や文化がある。

そのひとつが、ニュージーランドだ。
牧歌的でのんびりとした風景ばかりを想像してしまいがちだが、優しさと強さを秘めた懐の深い国だと思う。

そんなNZから今日届いたニュース。
NZ・ワイポウワの森に聳えるカウリの巨木「タネ・マフタ」が、屋久島の縄文杉と姉妹木関係を締結。
(詳細はNZ政府観光局のオフィシャルサイトへ。
遠く離れた屋久島とワイポウワの森には類似点が多い。そのことに気づいたNZ政府観光局の発案で、ワイポウワの森の先住民マオリが屋久島を訪れたことがきっかけだという。

タネ・マフタも縄文杉も、ともに神が宿る木として、地元の人々に愛され崇められてきた大木だ。
マオリの伝説によると、タネ・マフタは天地を想像し、世界に光をもたらしたのだという。
過去にあった伐採の危機を乗り越えて今、この2本の木が姉妹定型を結ぶに至ったのは、森の神の導きかもしれない。
単なる偶然ではない、そんな気がしてならないのだ。


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