マカオ・アジア旅行ライター 芹澤和美のオフィシャルウェブサイト
BLOG ノスタルジックマカオ
マカオ・アジア旅行ライター 芹澤和美のオフィシャルウェブサイト
マカオ・アジア旅行ライター 芹澤和美のオフィシャルウェブサイト
NEWS
line
ABOUT ME
line
MESSAGE
line
WORKS
line
ESSAY
line
EXPERIENCE
line
BLOG
line
LINKS
line
CONTACT

2009 年 5 月 のアーカイブ
緑の中のスモール・プライベート・ホテル
2009 年 5 月 22 日 金曜日

スリランカ南西部、木々の香りと鮮やかな熱帯の花に包まれたAPA VILLA Illuketia。
椰子の木が両側に生い茂る道を「まだかまだか・・」と不安になりながら進むと、ヴィラにたどり着く。
建物の中央はにはパティオがあっって、それを囲むようにして、リビングや4部屋のゲストルームやテラスがある。

ずいぶんと街から離れたところにあるが、オーガニック食材をふんだんにとりいれた食事は、取材中、どこのホテルよりも楽しみだった。
庭で育てたハーブを使った伝統的なスリランカ料理やハウスメイドのパンは、スリランカ人シェフによるもの。
夕方、騒がしかった猿の鳴き声も寝静まった頃に、夜風の中で夕飯をとる。
暗くなりかけた庭には近くの村で唱えるコーランが響き、それはとても不思議で、心地のよい時間だった。



旅館オリエンタル
2009 年 5 月 20 日 水曜日

日本の中も、異国を見つけたような、そんな気持ちになる場所がたくさんある。
横浜中華街の、旅館オリエンタル。
ネオンが煌く賑やかな中華街の中で、そこだけ時間が止まったような、不思議な空間。



-30度の湖上でオーロラを待つ。
2009 年 5 月 14 日 木曜日

北極圏から400kmに位置するイエローナイフでは、高い確率でオーロラが見られるのだという。オーロラを鑑賞するのは、ダウンタウンから車で30分ほどの凍った湖上。
-30度の中で、ベースとなるのが、ティピーとよばれるテントだ。
先住民の住居として使われていたティピーの中で、ストーブにあたりながら、オーロラが出るのを待つ。
うっすらと見え始めたら、湖上に出て、椅子に座り、またひたすら待つ。

このときに着ていたのが、-100度にも耐えられるという防寒服。ちっとも寒さを感じさせない。
寒くない、オーロラは出ない、旅の疲れもある・・・ついウトウトしてしまった30分間にオーロラは一瞬あらわれ、漆黒の闇に消えていったらしい。
私は、カナダ北限の街にまで来て、オーロラを見ることはできなかった。
でも、心に強く残っているのは、オーロラを見られなかった悔しさではなく、冬の間だけあらわれるアイスロードと、そこにまつわるドラマなのだ。



イエローナイフ、アイスロードが生まれる冬。
2009 年 5 月 10 日 日曜日

12月中旬、オーロラ取材で訪れたカナダのイエローナイフ。
カナダ北限の街と聞いて淋しい場所を想像していたが、そのイメージはあっけなく覆されてしまった。
ここは、ノースウエスト準州の州都として賑わう街。
そして、先住民やアジアからの移民など多民族が暮らす、多彩な魅力に溢れるコスモポリタンである。
街中には、最北端のマクドナルド、最北端のケンタッキーフライドチキン、、、など、何かと「最北端の」という枕詞
がつくものがある。

イエローナイフは日本人にはオーロラの街として知られているが、街の代名詞はダイアモンド鉱山である。
この街に、冬期だけ現れるのが、凍った湖の上にできる約600kmのアイスロード。
雪の中を、ダイアモンド鉱山で働く従業員のための生活物資を運ぶ大型トラックが行き交う。
春になり湖の氷が溶ければ、当然ながらこの道は断たれる。
アイスロードのできる冬に、1年分の必要物資を運ぶのだという(空輸での物資輸送はコストが高い)。
北限のダイアモンド鉱山では、厳しい冬にこそ、生命を維持するための様々なモノがもたらさる。


footer_line
Copyright (C) 2007 Kazumi Serizawa. All Rights Reserved.