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キナバタンガンに降るスコール
2009 年 4 月 19 日


ボルネオ、キナバンタンガンのバトゥプティ村でランチをとっていると、突然の強い雨。
黒い雲がみるみる迫ってきたかと思うと、あっという間にスコールに覆われてしまった。

人の声も船のモーター音もかき消される。
熱帯雨林の緑の香りがより一層強くなって、ミクロの霧に包まれたような気分になる。

この後、小船で別の村に移動する途中、またスコールに出くわした。
全身ずぶ濡れになりながら激しい雨に洗われるのは清々しくて、キナバタンガンを旅した記憶とともに、心に焼きついている。



川の民、オランスンガイ。
2009 年 4 月 9 日

ボルネオ、キナバタンガン一帯に住む人たちは、オランスンガイ(川の民)と呼ばれる。
彼らのたくましいこと。
はるか遠くの天狗猿を見つけ、木の枝の合間にいるヘビを見分ける。
木の皮と枝で作ったフィッシュトラップでみごとに川蝦をしとめ、シンプルな釣り道具で魚を釣る。
泥沼のような川辺をビーチサンダル履きで、重たい荷物を背負って歩く。
ひ弱な自分に比べてなんて頼もしいのだろうと、じーっと凝視していたら、はにかんだような笑顔がかえってきて、ちょっと照れくさかった。



ボルネオでチェンジ・マイ・ワールド
2009 年 4 月 4 日

ボルネオ島、バトゥプティ村での野営を終え帰国。
頭の中の未知の領域を、たくさん使う旅だった。

木々に紐でハンモックをしばりつける。
漆黒の闇の中、動物たちの声を遠くに聞きながら眠る。
ブッシュを歩き、ヒルやファイヤーアンツと格闘しながら動物に出会う。
満天の星の下、ランタンひとつ持ってマンディー(水浴び)をする。
ワニが怖いから、ボートの上で。
スコールの下、ずぶ濡れになって、小船で川を下る。
熱帯雨林の濃厚な香りが雨に混ざり、全身を打つ。

日常生活ではとてつもなく便利なものが回りにあるから、人が持っているべき感覚や才能は、酷く鈍化している。
そんなことに気づいて、自分の弱さを再認識してみたり、今までこだわっていたモノがなんだかバカバカしく思えたり、興味のなかったものを愛おしく思えたり。
ボルネオの大自然は、心の中の何かを揺さぶるエモーショナルな旅に、私を導いてくれた。



スリランカのアーユルベーダハウス。
2009 年 3 月 23 日

スリランカがスローライフの国であることを証明しているのが、アーユルヴェーダだ。
ハウスに宿泊すると、3日間でリフレッシュでき、7日間で効果が現われ、2週間でベストな結果が出るのだという。
アーユルヴェーダでは、まず問診で体質を知り、オイルを額にたらして中枢神経の疲れを癒す「シロダーラ」を行う。
体のバランスを整えるために食事も重要。ドクターの問診表に基づいた料理には、ハーブが多様されていた。
宿泊中は、ノンアルコール、ノンスモーキングが基本。
残念なことに、取材で滞在したのはたった2泊だったが、スリランカ古来の治療法に身をゆだねれば、体が本来のバランスを、きっと思い出すのだろう。



コロアン島の向こうに中国。
2009 年 3 月 19 日

マカオのコロアン島はわずかな海を隔てて向こうに中国の横琴島を望む。
聖フランシスコ・ザビエル教会の扉を開けると、石畳の広場の向こうに横琴島。
住宅街からは二胡を奏でる音が聞こえてきて、教会に流れる賛美歌と入り混じる。

コロアン島には横琴島民専用の港があって、小さな船がのんびりと行き交う。
この横琴島には、マカオのカジノ開発に付随した大開発の計画があるのだとか。



変わるマカオ、変わらないマカオ。
2009 年 3 月 16 日

エッセイコミックの取材で、漫画家の花津ハナヨさんと、マカオを取材して週末に帰国。
今のマカオは、ほんの少し時間をおくと、あっという間に様子を変えてしまう。
以前はムツゴロウをとるおじさんがいた干潟に5つ星ホテルが建ち並び、初夏になると蓮の葉で水面が埋め尽くされた沼の向こうは建設ラッシュ。
聖ポール天主堂を裏側から見ると、金色に輝くグランドリスボアの奇抜な建物。

もともとカジノのネオンには縁がなく、路地裏ばかり歩いていたので、こんな光景をみると、外国にいるくせに、なんだか自分の居場所がなくなってしまったような、変な気分になる。
そんな不思議な寂しさを感じながらマカオを歩いた日、古い港に新しく生まれたホテルの屋上に登ると、山の上でギア灯台が静かに灯るのが見えた。
この灯台は、1865年からマカオの街と沿岸を照らしている。
反対側にまわると、目と鼻の先にある中国大陸とを行きかう船がぽつぽつと。

開発ブームを迎えてもなお、変わらないマカオがある。



南オーストラリア産オリーブオイル。
2009 年 3 月 5 日

マレー川のクルーズへと出航する日の朝に立ち寄ったセントラル・マーケット。
ここは130年以上の歴史を持つ、南半球最大の食料市場でもある。
80軒以上の店がところ狭しと並ぶ市場の中に、オリーブオイル専門店があった。
瓶詰めもあるが、量り売りで好きなだけ買うこともできる。
南オーストラリアは知られざるオリーブオイルの産地なのだそうだ。
オリーブオイルとレモン汁と塩だけをぱぱっとかけたサラダは、オーストラリアワインにもぴったりだ。



フローティング・ホテル
2009 年 3 月 2 日


前回書いたハウスボートの続き。
ハウスボートは、別名「フローティング・ホテル」とも呼ばれ、設備は万全に整っている。
私たちが乗ったボートには、4ベッドルームとキッチン、リビング、屋上のジャクジーが完備していた。
釣りやカヤックや大自然を楽しみつつ、拠点となる場所は快適空間というのは、合理的な考え方かもしれない。

操縦も停泊も自分たちで行う。
このロケでは、ボルネオやコスタリカなどをフィールドにしている写真家の横塚真己人さんと一緒だったので、すっ
かりおまかせしてしまった。
西表島に暮らしていた頃、船はよく操縦していたそうである。
撮影もして、操縦もして、、、横塚さん、スゴイ。



りんご銀河系とりんごのような写真家。
2009 年 2 月 27 日

友人の写真家、中島博美さんの写真展「アメニアル」へ。
「アメニアル」というのは、「天に在る」の意味なのだそうだ。

拠点である北海道と東京と日本各地を飛び回る博美さん、昨年はセルビアのベオグラードで個展を開き、自分の好きな場所へどんどんレンズを向けている。
彼女と話していると、甘くて、くすぐったくて、ココロがチャージされた気分になる。

今回の個展テーマは、「りんご銀河系」。
真っ赤な実がたわわになる写真を前に、しばし甘酸っぱい世界にトリップした。

期間:2009.2..26~3.10(13:00-24:00 水曜休) 
場所: 現代HEIGTS
住所: 世田谷区北沢1-45-36
TEL: 03-3469-1659
URL:http://www.gendaiheights.fc2.com/
■中島博美さんオフィシャルウエブサイト:http://www.hiromi-nakashima.com/



ハウスボートでマレー川を旅する。
2009 年 2 月 19 日

「週末は川で暮らす」という遊び方が、南オーストラリアにある。
アデレードからも近いマレー川は、ハウスボートでのレジャーが盛んな地域。
キッチングからベッドルームまで完備されているが、キャプテンもハウスキーピングもいない。
自分で操縦し(自動車の運転免許でOK)、キッチンで料理をするのが、ハウスボートの醍醐味なのだ。

日没が近くなると、ボートを停泊させる。
川の上で見る夕方の空がとても美しかった。
茜色から濃紺に変わり、あっという間に漆黒の闇に包まれてしまったけれど。



海辺のパラダール
2009 年 2 月 10 日

ゆったりと時間が流れるキューバなのに、自分の過ごす滞在時間はあっという間に過ぎてしまう。
2003年に訪れたときは、ドミニカ共和国・サントドミンゴ行きのクバーナ(キューバ国営航空)の出発が11時間遅れたおかげで、予定より少し長くキューバにいることができた。

サンフランシスコ・デ・パウラという街まで足を延ばし、帰りにタクシードライバーが勧めてくれたパラダール(個人経営のレストラン)へ。
ここの料理ががキューバの食事の中では一番美味しかった。

国営レストランでは、フリホールネグロ(黒豆を煮込んだスープ)だとかフフデプラタノ(グリーンバナナのフライ)をよく食べたが、このパラダールの料理は家庭料理ながらももっと凝っていて、セルベッサもすすむすすむ。
高い税金を課せられ、食材の入手も困難というパラダール、まだあの店はあるだろうか。



太陽とモヒートとサルサ。
2009 年 2 月 7 日

ハバナの午後。
太陽は正午を回ってもまだ真上にあって、とても暑い。
アルコール高めのモヒートでかったるくなりホテルで昼寝をしていると、
窓の外で流れるサルサのリズムが寝耳に心地よく聞こえてきた。
ハバナは、ほんとに1日中、音楽がそこかしこで聞こえている。



VIVA CUBA
2009 年 2 月 1 日

『チェ 28歳の革命』を観てからというもの、キューバの写真をひっぱりだしては眺めてしまう。

96年に訪れたキューバが、初めての中米取材だった。
要塞の前の海では、タイヤに座った男たちが水面にプカプカと浮いていて、釣りをしていた(夕食の食材?)。
ハバナからバラデロまで、サトウキビ畑の中にまっすぐにのびる道路を走っていると、目の前をヤギが横切り、おじさん
が必死においかけていた(ヤギは大事な商売道具)。
賑わう新市街のサルサカの前には、「VIVA CUBA」のスローガン広告。
街に戻ると、その日は配給日で、ラム酒が配れていたっけ(ラム酒と音楽は生きるために必要なもの)。

 



乾いた街角を馬車がゆく。
2009 年 1 月 29 日

アフリカ大陸で唯一、滞在したことがあるのが、エジプトのカイロ。
空気がとても乾いていて、建物は大きく古く、ピラミッドよりも街にいるときの
ほうが、威圧感を感じた。

空港から街へ向かう途中に見かけた乗用車は弾丸の跡があり、その隣を果物を積
んだ馬車がのんびりと歩いていた。



イスタンブールの猫。
2009 年 1 月 26 日

イスタンブールの旧市街を歩いていると、本当に猫によく出会う。
彼らは、人通りを気にするでもなく、我が物顔で街を歩き、ベンチで寝そべる。
凛とした姿が、美しい石の建物に映えるような。


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