| 消えゆく里弄、高層ビルの谷間
〜1996年の上海
文・写真/Kazumi Serizawa |
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初めて上海を訪れたのは、1996年。建設ラッシュが始まった頃で、街中のいたるところで、高層ビルの建築が始まっていた。メイン通りの准海路には、伊勢丹の一号店があって、発展する上海の広告塔になっていた。
メディアは“繁栄する近未来都市”と称したものだが、どこを歩いても、むき出しの鉄骨に竹組みの養生がされた工事現場ばかりで、とてもホコリっぽかった。
高層ビルの合間には、「里弄(リーロン)」と呼ばれる集合住宅があった。里弄は、1920年代に建てられたレンガ造りの古い建物で、かつては欧米人の1家族が暮らしていた一軒屋に、7〜8世帯がひしめきあって暮らす長屋住宅だ。ビルとビルの隙間をのぞけば必ず、里弄があった。
電柱に堂々と干された下着、開けっ放しの部屋から聞こえる大音量のテレビドラマ。夕方、路地裏に迷い込めば、上海料理特有の醤油の甘い香りと、野菜を強火で炒める音と、子供の声が入り混じり、なんだか懐かしい気持ちになったのを覚えている。その里弄も、都市開発の波に飲まれ、次々と姿を消していった。

今ではリニアモーターカーが走る上海も、当時は地下鉄が1路線しかなく、高速道路は一部しか開通していなかった。
大渋滞の中を走る座席のスプリングが壊れたバス、走行中にガラス窓が落ちてくるタクシー、昼でも夜でも響き渡るクラクション、我先にと赤信号を渡ろうとする人の波、冷蔵庫を左右にくくりつけた自転車を汗まみれになってこぐおじさん。
インスタント珈琲とレーザーカラオケがウリの珈琲店、傘代わりにシャワーキャップをかぶったおばさん、人目気にせず繰り広げられる大喧嘩、青空床屋、ぬるいコーラ。
上海は、人々のあからさまな欲望をむき出しにして、エネルギーをまっすぐに放っていた。人間が生きていくために必要とする力が、原始的な形のままぶつかりあっていて、それは、日本の秩序正しいぬるま湯の中で生きてきた私に、心地よい刺激と安堵感を与えてくれた。
欲望と夢が渦巻くコスモポリタン。
”近未来都市”よりもそう呼ぶ方が、96年の上海にはぴったりだった。 |